ifネギま! 〜一話一妄想〜




ifネギま! 〜 一話一妄想 〜



第四十二〜三話



 芝居仕立てとはいえ、千草・月詠との激しい戦いをシネマ村で行う刹那たち。その途中、刹那は木乃香をかばって式神の放った矢に肩を射抜かれるが、刹那を助けたい一心で木乃香が秘められた力を解放、危機を脱する。ネギと合流するため、二人はシネマ村を逃げ回るのだが……。

 いわゆる『お姫様抱っこ』で木乃香を抱えながら、刹那はシネマ村の中を走り回っていた。
 狭い路地を抜け、頻繁に角を曲がり、背の低い塀を飛び越える。『気』の力で運動能力を飛躍的に高めているからこそできる、超人的な動きだ。すれ違う人がみんな振り返っている。
 しばしば刹那は後ろを振り返ったが、千草や月詠が追ってくる様子は無かった。周囲に式神の気配も無いが、油断は禁物だ。シネマ村もそう広くは無い、現にさっきはすぐに見つかってしまったではないか。
 できることなら、このままシネマ村を飛び出し、一直線に木乃香の実家、すなわち関西呪術協会総本山へと向かいたいところだが、このお姫様と新撰組の仮装はいくらなんでも目立ちすぎる。
 貸衣装屋にとって返し、自分たちの服を回収、着替える。それも危険は危険なのだが、こっちの方がまだマシであると刹那は考えている。
 木乃香の方はというと、ジェットコースターのように激しく上下左右しているにも関わらず怯える様子はまったく無く、むしろ嬉しげに、刹那の首に両手を回して抱かれていた。
 ちらりとその表情をうかがうと、木乃香は目を合わせてにこっと微笑んだ。
 どくんと、心臓が跳ね上がるのを刹那は感じた。
 なにか形容しがたい、しかし決して不快ではない不思議な感覚が湧き上がってくる。
 ひたすらに照れくささを感じ、刹那は顔を正面に向けて走るのに集中した。
 やがて、刹那は土煙とともに急ブレーキをかけ、レールのような二本の長い跡を地面につけながら停止した。貸衣装屋の正面だ。
 刹那は木乃香の足をおろして立たせ、言う。
「奴らに見つかるとまずいです。急いで中へ」
「うん、わかったえ、せっちゃん」
 そういうと、木乃香は刹那に寄り添って貸衣装屋の中に入った。刹那が男装しているせいで、通りがかった人には、実に仲睦まじいカップルとして目に映ったことだろう。
 さて、貸衣装屋の更衣室に入った二人は、さっそく着替えを始める。
 特に刹那は、一刻もはやく木乃香を安全な場所に送り届けなければならないと、わき目もふらない。
 額当て付きの鉢巻を外し、帯を解き、羽織と袴を脱いで、胸に巻いたサラシと白く飾り気の無いショーツだけになった時、突然後ろから肩を抱かれた。
「ひゃあっ!?」
 驚いて体ごと後ろを振り向くと、同じく下着姿の木乃香。それはそうだ、更衣室には刹那と木乃香の二人しかいないのだから。
 木乃香は無言で、刹那のことを見つめている。
「あ、あの、お嬢様?」
 自分が、というより木乃香がブラとショーツだけで目の前に立っていることがやたらと恥ずかしく、刹那は顔を赤らめながら言った。
 しかし木乃香は刹那の呼びかけには応えず、一歩すっと足を踏み出すと、ほとんど胸のふくらみ同士が触れそうになるくらい近づく。
「お、お、お、お嬢様っ!?」
 なにかただならぬ木乃香の様子に、刹那は本人にもよくわからない理由で激しく狼狽した。顔は耳まで真っ赤になっている。
 木乃香の方はというと、対照的に一途な眼差しで、刹那の肩の辺りをじっと見つめている。彼女は、戸惑う刹那のむき出しの肩にぐっと顔を近づけた。そして、透けるように白く滑らかな肌に、揃えた指先でそっと触れる。次いで、なめらかな肌触りを確かめるかのように、手のひら全体で刹那の肩を二三度撫で回した。
 木乃香の細く、形の良い爪をした指と、すべすべとして暖かい手のひらが自分の素肌に触れたのに、刹那はすっかり動揺し、激しくどもった。
「な、な、な、な、な、な、な、なにを」
「よかった……傷一つ残ってない………」
 ほっとした表情で、安堵の言葉を漏らす木乃香に、刹那はようやく気づいた。木乃香が触れている場所は、彼女が木乃香をかばって矢に射抜かれた、その場所だ。
 顎を引いてその部分を見てみれば、キメの細かい白い肌には毛筋ほどの傷痕すら無い。全く『気』の操り方を知らないにも関わらず、背中側にまで貫通する矢傷がほとんど一瞬で完治したのだ。木乃香が持つ潜在能力の巨大さを如実に示している。
「でも、痛んだりせえへん?」
 眉根を寄せ、潤んだ瞳で上目づかいにきいてくる木乃香。
 その可憐さといたわりに胸の奥を熱くしながら、刹那は優しく答える。
「大丈夫です。お嬢様のおかげです」
「よかった……。でも、ウチのおかげって?」
 刹那は躊躇した。
 木乃香を魔法や呪術の類から遠ざけたいという、長の意見は知っているし、その方が危険が少ないということで刹那も賛成していた。
 しかし、この後に及んで隠す意味があるだろうか? 木乃香にも、自分が狙われているという自覚を持ってもらった方がいいだろう。しかし、長の決定を自分が覆してしまっていいものだろうか? 
 刹那は悩んだあげく、ゆっくりと切り出した。
「お嬢様、落ち着いて聞いてください」
「はい」
 真剣な眼差しの刹那に、木乃香は素直に返事した。
「先ほど、お嬢様を狙ってきた女二人、芝居仕立てでしたが、あいつらは本当にお嬢様を狙っています。一昨日の晩、お嬢様をさらおうとした猿女と同じ奴らです」
 木乃香は、月詠が垣間見せた禍々しい表情を思い出したのだろうか、ぶるっと震えたあと、こくりとうなずいた。
「なぜ、お嬢様が狙われるかというと……その、実はこの世には魔法とか、呪いとか、そういう力が実在するんですが、お嬢様はとてつもない力をお持ちなのです。あいつらは、今はまだ眠っているその力を利用して、よこしまなことを企んでいると思われます」
 うん、とうなずく木乃香。
「突然のことで信じがたいこともあるでしょう。今すぐに全てを受け入れる必要はありません。しかし、三つのことだけは信じてください。一つ目、お嬢様は巨大な力をお持ちであること。二つ目、その力を狙う者たちがいること。三つ目」
 そこで刹那はいったん言葉をきり、サラシを巻いた自分の胸に、手を当てていった。
「私はいつでも、なにがあっても、お嬢様の味方です。この命に代えても、お嬢様をお守りします」
 すうっと、木乃香の顔色が青ざめた。刹那はそれを見てつらく感じたが、仕方ないとも思った。さっき自分は、木乃香を守ろうと代わりに矢を受けたわけだが、あれは明らかにミスだ。矢傷を受けては、猿女たちの次の攻撃をしのぐことができない。矢を払いのけるかすればよかったのに、未熟ゆえ盾になるしかなかったのだ。
 きっと木乃香は、自分のような不甲斐無い護衛しかいないことに、不安を感じているのだろう、そう刹那は思い、歯噛みした。
 だが、違った。
 木乃香は、消え入りそうな声で言った。
「じゃあ、じゃあウチのためにせっちゃんは危険な目に?」
 じわり、と木乃香の前に涙が溜まり、それが溢れて頬を伝った。
「!」
「ごめんねせっちゃん、ウチのせいで、ウチのせいで──」
 次々と流れる涙を拭おうともせずに、木乃香は嗚咽混じりにつぶやいた。そして刹那に向かって頭をさげる。
 そのまま前のめりに倒れるように見えて、刹那ははじかれたように木乃香の体を抱いた。
「お嬢様!」
 木乃香の体を支えながら、刹那は言う。
「どうか、どうか気になさらないでくださいっ。私が自分の意思でやっていることなのです。お嬢様に責任はありませんっ」
 力強く言ったが、刹那の胸に顔をうずめるようにしている木乃香の涙は、止まらないようだった。
 刹那の腕に、火傷するほど熱い木乃香の涙が落ちた。
 その熱さに、木乃香の自分に対する思いの強さを感じて、刹那は自分も泣きそうになってしまう。
 しばらく、二人はそうしていた。
 なんとかして木乃香を泣き止ませたいと思う刹那だったが、生来口の達者でない彼女は何を言っていいかわからず、ただ木乃香を抱くだけである。
 しかし──泣いている主を目の前にして、あるまじきことと思いながらも──刹那は無上の幸せを感じていた。
 やがて、木乃香の嗚咽は収まり、顔をあげた。
 両頬に、くっきりと一筋の涙が流れた跡がのこっていて、目は充血している。
 それでも、泣き止んでくれたことに刹那はほっとした。
 木乃香は言った。
「でも、なんでせっちゃんはウチのために、危険な目や痛い目にあったりするの?」
 神鳴流剣士として、ここでの模範解答は「それが役目だから」といった辺りであろう。しかし刹那は違う答えを言った。
「お嬢様が好きだからです」
 あまりにもスムーズに言葉が出たので、刹那が自分が言った言葉の意味に気づいて赤くなるのに、数秒の時間を要した。
 木乃香の目に、再び大粒の涙が現れる。
「せっちゃ〜〜〜んっ」
 と、今度は自分から抱きついてきた。
 その体を、刹那もしっかりと受け止める。
「せっちゃん、せっちゃん、ウチどうしたらえんやろ? せっちゃんが危険な目に会うのはすごく悲しいのに、ウチのことを好きでやってるってきいたら、嬉しくてたまらんようになって……」
 そこから先は、言葉にならなかった。
 細い華奢な腕で、力一杯抱きしめてくる木乃香に、刹那の方も感激していた。
 ただ、お互いに下着姿で抱き合っているという状況に、なんともいえないムズムズした気持ちを持ってもいたのだが。
 と、突然刹那の目の前がふと暗くなり、視界一杯に木乃香の顔が映った。そして、唇に柔らかい感触。
 自分のファーストキスが奪われたことに気づくまで、数瞬の間。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
 刹那は驚きのあまりバタバタと手を振った。
 主従の間柄にある者同士が、越えてはならない一線を、木乃香はやすやすと越えてきた。
 木乃香は、自分の中で急速に膨れ上がってきた、刹那への愛しさをなんとかして表現しようと、そのような行動に出たのだろう。
 それがわかるので、刹那は木乃香の唇を拒否することができなかった。
 もちろん、刹那が口付けの魔力に取り付かれていたということも、ある。
 神鳴流剣士として、厳しい修行に身をおいてきた刹那であったが、普通の女の子同様──その相手が同性というのは普通ではないかもしれないが──キスとはどんなものだろうと夢想することがあった。
 果たして、漫画や小説などに出てくるように、人生の一大イベントに成り得るほど素晴らしいものなのだろうか。
 それとも、彼女らのクラスメートがごく気軽に、遊び感覚で友達同士と交わす程度の、ほんの挨拶くらいのものなのだろうか。
 長年の疑問が、今、解けた。
 それは、夢のような体験だった。
 これまで気づかないうちに欠けていた何かが、埋められたような充実感。心臓が破裂しそうなほどに脈打ち、全身の血が沸騰しそうなほどに熱い。
 全てキスというのはこのようなものなのか、それとも相手が木乃香だからこそなのか、刹那は考えようとしたが、やめた。
 今はこの、とうてい叶うことはないであろうと思っていた木乃香との口付けに全身全霊をかけて没頭するべきだと考えたのだ。
 両腕を木乃香の背中に回してぐっとその華奢な体を抱き、やや引き気味だった頭を前にやって、唇を押し付ける。木乃香もそれに応えて、刹那の体を抱いた。
 二人の体がぴったりとくっつく。半裸同士なので、肌と肌が直接触れ合い、木乃香の熱い体温が心地よく伝わってくる。
 唇同士での接触では飽き足らず、木乃香は舌を差し入れてきた。
 今度は刹那も、すぐさまそれに応えて自分の舌を伸ばして出迎える。
 互いを求め合う雌雄の軟体動物のように、二人の舌はくねりながら熱烈に自らをこすり合わせ、争うようにして激しく絡み合った。
 はしたない真似だと思いつつも、刹那は欲情の赴くままに、木乃香の舌から伝ってくる唾液をすすり飲んだ。普通に考えて、味などしないはずなのに、ほのかな甘さがある気がした。それが木乃香の味なのだと思うと、唾液が喉を通るたびに、やみつきになりそうなほど官能的な衝撃が走る。
 おそらく、木乃香の方もそうなのだろう。彼女もまた、刹那の唾液を求めて唇を吸ってくる。自分の唾が木乃香に飲まれていると思うと、どうにかなりそうなほどに恥ずかしいと思う一方で、ひどく嬉しくもあった。
 猿女たちが木乃香と自分を探していることを考えれば、この場で失う一分一秒が、命取りになりかねない。
 しかし、そんな判断を下せないほど、刹那は木乃香との時間に溺れていた。
 えんえんとお互いに舌を絡めあい、唾液を飲み、飲ませあうのに没頭し、時間の感覚が無くなってきた頃、ようやく二人は唇を離した。
 離れていく二人の唇の間にかかった、銀色の橋が、これまで行ってきた口付けがいかに情熱的なものだったかを物語っていて、刹那は今更ながら顔を赤らめた。
 木乃香はうっとりとした目つきで言った。
「せっちゃん、変なこと頼んでええかな。せっちゃんが胸に巻いてるその布、とってもらえる?」
「え?」
「ウチ、もっとせっちゃんと触れ合いたいの。もちろんウチも脱ぐ……」
 あれほど濃厚なキスを交わし、すっかり甘やかな雰囲気に飲み込まれていた刹那だったが、この言葉にはさすがに、一瞬躊躇した。
 ただ、確かに木乃香とキスをしながら抱き合っていた時、サラシと下着が邪魔だと感じたのは刹那も同様だ。
 もっと、もっと全身で相手を感じたい。しかしさすがに全裸になるのはどうか?
 逡巡する刹那の目の前で、木乃香ははやくもブラを外していく。
 刹那はその扇情的な光景に、目を奪われてしまう。
 決してグラマーとはいえない木乃香の体だったが、あらわになったその胸は、芸術的なまでに綺麗な形をしている。
 ショーツをとりはらったあとには、若々しい陰毛がその奥の女性の部分を薄っすらと覆っていて、上品さすら感じさせる。
 同性の裸に欲情している自分を刹那はアブノーマルだろうかと思ったが、いやこれほど美しい女性の裸体であれば、むしろ当たり前なことと思いなおす。
 とそこで、木乃香が自分の方を見つめていることに気づいた。目に期待が宿っている。
 まさか木乃香だけ脱がせておいて、自分はこのままというわけにもいかない。
 刹那は慌ててサラシを解き、ショーツも脱ぐ。手に持った下着が、重い。愛液がたっぷりと染み込んでいるのだ。木乃香にそのことを知られやしないかと、刹那はひやひやした。
 いつどこで襲われても対処できるように、肌を人目にさらすことへの抵抗感は少ないはずの刹那だ。現に、ネギと図らずも混浴してしまった時は見事にそれを証明してみせた。 ところが、今木乃香の前で裸で立っていることに、この上ない恥ずかしさを感じてしまう。自分の、女性として貧相な体型が、ひどく気になった。
 そんな刹那を見て、木乃香は言った。
「わあ……、せっちゃん肌きれーやね」
 嬉しそうに笑うと、遠慮なく肩や胸の辺りを撫で回してくる。特に、さっきまで隠されていた薄い胸を両手で熱心に触る。触られるうち、乳首がかたくなってしまっているのが、おそらく木乃香に知られてしまっているだろう。
 触れられた部分がかっと熱くなるのを感じながら、刹那も言う。
「あ……その…………お、お嬢様も……」
 木乃香は照れくさそうに微笑むと、少し悪戯っぽい目つきをした。
「ふふ、おおきに。せっちゃんも触る?」
「は、はいっ」
 思わず即答してしまう刹那。
 震える手で、遠慮がちに刹那は木乃香の胸に触れた。
 自分よりわずかに大きな胸。といっても、刹那の手にすっぽりと収まる程度だが。
 少しだけ力を入れて、確かめるように手のひらの中のふくらみを揉む。
 柔らかな中にも強い弾力があり、今後の成長の芽を秘めているように思える。
 息遣いも荒く、刹那は木乃香の胸を愛撫した。ピンク色の可愛らしい乳首が、かたくなっているのがわかった。
 木乃香も自分と同じように、欲情しているのだと知って、刹那は驚きと共に感動すら覚えてしまう。
 そうやって二人で互いの胸を触りあううち、木乃香が官能に潤んだ瞳で刹那を見つめながら、刹那に体重をあずけてきた。
「はぁ…………なんか、変な気持ちや……うまく立ってられない………」 
 熱いため息と共に、甘ったるい声で言う。
 刹那も同様だった。激しい興奮と、緊張と、官能とが、運動中枢を冒しているかのようだった。
 二人は沈みこむようにその場に座り、さらに木乃香がそのまま体重を預けてきたため、木乃香が刹那を押し倒す形で横になった。
 まるで恋人同士のように、重なった二人。図らずも顔と顔が接近し、自然にキスを交わす。
 二人は互いに手を相手の背中に回して、強く抱き合う。
 微妙に体を左右に揺らして、なめらかな肌と肌を擦れ合わせた。
 二人とも、あまり乳房が発達していない分、逆に密着度が高まっている。
 固く尖った乳首同士が触れ合って、快楽のさざなみを生じさせている。
 自分の右胸に、相手の心臓の鼓動が伝わり、それが自分の鼓動と奇妙にシンクロしていた。二つの心臓を持つ、一つの生物になった気分だった。相手の官能が心地よく自分にも伝わる、究極の一体感。
 舌と舌をからめるの同様に、美しいラインの脚と脚を、関節技でもかけあっているかのように絡み合わせる。
 まだ生えそろってはいない若々しい陰毛同士がふれあって、しゃりしゃりと小さな音を立てていた。その下では、勃起した淫核がしばしば衝突し、その度に二人はビクリと腰を大きく反応させる。
「ん……ん、んん、せっちゃん、気持ちいいよぅ………」
「お、お嬢様、わ、私もっ……」
 キスの合間に、感極まって言葉を交わす二人。すると、木乃香が刹那を抱く手に一層の力を込めて言った。
「やん、お嬢様なんて呼ばないでっ!」
 刹那は一瞬、「う」と詰まった。
 しかし、こんな状況になってしまって、なお主従関係にこだわる意味があるのだろうか?
 そう思いなおした刹那だったが、果たしてうまく言えるだろうかという一抹の懸念が、熱く火照った彼女の体に水を差す。単純な言葉ではあるが、もう何年も発語していない。
 それに、いざ声に出そうとしてみると、喉が引きつりそうだ。
 刹那は、ゆっくりと唇を動かした。
「このちゃん」
 長い間自ら封印してきた言葉は、意外にも自然に出てきた。そう口に出されるのを、言葉が待ち構えていたようだった。
 鼻と鼻が付き合うほどの距離にある木乃香の顔が、ほころんでいく。
「せっちゃん」
「このちゃん」
「せっちゃん」
「このちゃん」
「せっちゃん」
「このちゃん」
 これまでの分を埋め合わせるかのように、二人は呼び合った。
 キスとキスの間に呼び合い、呼び合う間にキスを繰り返した。
 刹那は木乃香の名を呼ぶたびに、官能とはまた違う喜びが全身を駆け巡るのを感じた。
 その間にも二人の四本の腕は、あちこちお互いの胸や腰、背中をいそがしくまさぐり、愛撫しあっている。
 木乃香は、さらに大胆な行動に出た。
 仰向けになっている刹那の脚の間に片手を入れると、刹那の片足を大きく持ち上げ、
肩に担いでしまう。
「あ………」
 大股開きにされてしまい、濡れきった秘唇が丸見えになってしまった。
 刹那は自分の隠すべきところをしっかりと木乃香に見られ、さりとて抵抗することも出来ず、恥ずかしさに顔を覆ってしまう。
「せっちゃん、濡れてるね。やらしいなあ〜」
 と、楽しそうな木乃香。
「やあぁ、このちゃん、そんなこと言わないでよぉ」
「ウチのも見ていいよ。おなじくらいやらしいから……」
 興奮に上ずった声で言う木乃香。
 刹那が指の間から見ると、木乃香もまた同じく大きく脚を開き、陰部を刹那に見せつけるような格好になっていた。
 木乃香の言う通り、彼女のそこも、淫液が溢れて太ももを伝っている。
 その体勢から、木乃香はゆっくりと腰をおろし、まだ発達途上にある自分と相手の貝をぴったりと密着させた。
「はぁぁぁっ」
「くううっ」
 敏感な粘膜同士の接触に二人は同時に甘い声をあげる。
 さらに木乃香は淫核同士がコリコリこすれるように、腰を動かしだした。
「ひああああっ!!」
 全身を灼けた杭が貫いたような激しい快感に、刹那は大きくのけぞった。
 一方、木乃香の方はというと、歯をぐっと食いしばってあえぎ声も出せない状態。
 木乃香は腰をぐりぐり動かしながら、刹那に覆いかぶさって熱烈なキスを再開した。
 刹那は舌を思い切り突き出してそれに応えつつ、木乃香に合わせて腰を懸命に使い出す。
「あああっ、ああっ! あ! ああああっ!」
「く、うぅぅ、あ、あ、あ、あんっ、あ、あうううぅっ!!」
 上下の口で水音も大きく粘膜をこすり合わせ、息継ぎによがる刹那と木乃香。さきほどのペッティングで充分に高まっていた二人は、間もなく絶頂に達しようとしていた。
「あ、あ、ああああっ、ウチ、イっちゃう、イっちゃうよっ!! せ、せっちゃんっ、せっちゃん、お願い、いっしょにぃぃぃっ!!」
「うん、ん、ん、このちゃん、あっあっあっ、このちゃん、いっしょに、いっしょにっ!!」
 向かい合わせに近づく二つの波が、衝突し、合体して巨大な水しぶきをあげるように、二人はとてつもない快楽を共有した。
「「ああああああああああああああああああっ!!!!」」

 あれほど激しく体を合わせたというのに、一度離れてみるとやはり気恥ずかしい。
 刹那は服を着ながらそう思った。
 それは向こうも同じらしく、木乃香の方を見ると、こちらに背を向けて服を着ている。
 越えてはいけないはずの一線を踏み越えた──まあ踏み越えたというよりは、ロケット推進で大ジャンプしたと言った方がいいだろうが──わけだが、こんな関係が許されるはずもない。
 さっきのことは一時のきまぐれ、いや夢と考えよう。今この時から、主従の関係に戻ろう。
 ネクタイを締め終え、刹那は未練を振り切るように、わざと冷静な声で言った。
「お嬢様、そろそろ準備はよろしいでしょうか?」
 『お嬢様』の言葉に、背を向けた木乃香の肩が一瞬、びくっと震えた。その様子には心痛むものがあったが、刹那は決意を変えるわけにはいかない。
「お嬢様……」
「せっちゃん」
 背を向けたまま、木乃香が言った。
「ウチはせっちゃんが危険な目に会うんはいややけど……だからってワガママ言ってもせっちゃんを困らせるだけっていうのもわかる。せやから」
 そこで木乃香は、刹那に向かって振り向いた。目に涙は無く、代わりに断固とした意思の光がある。
「さっきせっちゃんのケガを治したあの力、あれをもっと使いこなせるようになる! そして、せっちゃんがウチを守ってくれるように、ウチがせっちゃんを助けるようになる!!」
 拳を握り締めて言う木乃香。刹那は、その姿と言葉に、足が震えるほどの感銘を受けた。
「も、もったいないお言葉です……っ!」
 涙が出そうだった。
 こんな人を護衛する運命にあることは、神鳴流剣士として最上の幸運だと、彼女は確信した。
 あらためて心に誓う。
 命の限りに守ろう。命に代えても守ろう。
 すると、感動している刹那に、木乃香はにじりよってその片腕に寄り添った。
「それはそれとして、せっちゃん、今夜はウチの実家に泊まるんよね?」
 あれ? と刹那は思った。
 この雰囲気はもしや……と木乃香の顔を覗き込むと、目元が朱に染まっている。
「ウチら寮の部屋も別々やし、なかなか一緒に寝られる機会も無いから、今夜はゆっくりと……」
「あ、あ、あの、お嬢様? もうそういうことは、やはり立場的にその、そもそも女性同士では……」
「ええやん、最後の時のせっちゃんの顔、とっても可愛かったえ。もう一度見せてほしいな」
「…………っ!!!」
「あ、でも、今度はせっちゃんが上になって欲しいかも」
 恥ずかしそうにしながらも、とんでもなく大胆な言葉を続ける木乃香。
 このままここにいると、何を言い出すかわからない。
 そして、迫られた時、さきほどの決意を貫く自信も無い。
「き、着替え終わりましたか?」
「うん、せっちゃん」
 ならば一刻もはやくこの場を出よう。そして二人きりの状況を脱しよう。
 刹那はこめかみに汗を一粒垂らしつつ、木乃香の手を引いて、大慌てで貸衣装屋を飛び出した。


   第四十二〜三話 終わり

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